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上越市在住の児童文学者、市川信夫さんの高田瞽女についての随想です。

瞽女の旅路 第一部/瞽女さへの想い data


追憶の高田瞽女

市川 信夫

高田を去る日

「また帰ってきないや」「元気でね」
一九八四年四月二十二日、高田東本町のガンギ下は、胎内の盲老人ホーム「やすらぎの家」へ入所する二人の瞽女を見送る人垣であふれていました。ようやく迎えた雪国のうららかな春の朝です。
「もうこれで、高田から瞽女さがいなくなってしまうんだねえ」
とハンカチで眼頭を押える老婦人、車中の瞽女も声を忍んで泣いています。長年、「葛の葉の子別れ」で語ってきた瞽女唄の哀しい別れが現実となったつらい朝でした。
「おらもう、家もなにも無くなってしまった。いっそ死んでしまいたい」
七十近くになってこんな悲しい思いをするとは―と悲嘆にくれる杉本シズさんの横で難波コトミさんが「お世話になりやんした」と見送りの人々に何度も頭を下げている姿が印象的でした。

高田瞽女最後の親方

二人の瞽女の親方杉本キクイが亡くなったのはその前の年の三月の末日のことでした。
「もう唄の文句を忘れてしまった。生きている甲斐がない」
春は西浜の海、夏は信州、秋から冬は頸城野の村々と戸毎に門付歌を響かせて人々の心をなぐさめてきた八十五年の歌に生き旅に生きた生涯でした。「葛の葉」「山椒大夫」「小栗判官」など日本人の心の原風景とも言える「祭文松坂」を五十段余、心中や事件物などの「口説」も五十話、万才、民謡などは数知れずという驚くべき口称文芸の保持者であったキクイにとって、人生の課題は麻疹で失明して瞽女の弟子となった六歳の幼い日からヒトコト(七五の一句)ずつ泣きながら教え込まれた瞽女唄を忘れないことでした。
点字などの記録の術を知らない瞽女は、何百年の間親方から弟子へと口伝えに唄を伝えてきました。瞽女の表芸と言われるダンモノ(祭文松坂)は、狐葛の葉と童子丸や安寿と厨子王の別れの愁嘆場を延々とかき口説く物語歌で一段を語るのに三十分を要します。
「シズには、かわいそうで私の若いころのような修業はさせられなかった」
と述懐しているように、弟子のシズさんに瞽女唄の総て伝えることはできませんでした。それだけに老齢になってクシの歯が欠けるように、あっちでヒトコト、こっちでフタコトとどうしても思い出せない句が出てくる度に痛々しいほどに気落ちしていきました。
キクイが瞽女唄伝承者として国の無形文化財に指定されたのは一九七〇年のことでありました。何百年の間「めくら乞食」とさげすまれ、盲目であり女性であるが故の差別に耐えて越後の野を歩き、瞽女唄を語り継いできた瞽女を国が初めて正式に認めたのです。私の父市川信次はキクイと手を取り合ってこのことを喜び
「盲目なるが故に不幸だった『高田瞽女仲間』の一切の死者にも供えるべき鎮魂のたむけ」
と語っております。
越後の瞽女は、米山を境に高田と長岡の二つが主流をなしています。長岡瞽女は山本ゴイ家が支配する近世的な家元制度であったのに対して、高田瞽女仲間と称して親方が家を持って弟子を養い、親方の中から座元を選出するという、中世の芸能座の組織をまもってきました。長岡瞽女は師匠に芸を一通り習うと個々に生計を立てるのに較べて、高田瞽女は終生親方と弟子が一つ家で共同生活をしました。それだけに掟や序列も厳しく、村々に瞽女宿があって旅のコースも一定していました。瞽女たちは手引きを先頭に一列に並び、端折笠に蹴出しにワラジばきという姿で、渡り鳥のように村から村へと一年のうち三百日は旅をして歩きました。
キクイの初旅は六才の春の西浜でした。波の音を聴きながら疲れた足をひきずって涙をこらえて歩いたと言います。戦後の混乱期につぎつぎと親方が廃業していく中で、
「おらには瞽女の他に何もできることはない」
と踏み止まったキクイは、地主制度の崩壊する農村で迎えてくれる瞽女宿を頼って細々と旅を続けました。戦後十五年ほど続けた最後の旅の宿で広い旧家にひとり残った老婦人から形見にもらった赤いサンゴのかんざしを「長い旅の一生のごほうび」と死ぬまで髪にしていました。

夢と思えば五十年

高田瞽女仲間が盛大だったころ、祝儀の席の歌い納めの「春の日脚」という歌がありました。
  春の日あしに遊びもながき花盛り
  夢と思えば五十年その耶鄲の仮枕
    たのしもうわいなあ
雪国の春を歌い、自らは男性との交わりを禁じられながら男女の哀歓を歌い続けた瞽女唄は頸城野の風となって生きています。

(いちかわのぶお・一九三二年生れ、児童文学者、上越市在住)


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