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野嵜久次氏の所蔵資料「瞽女口説地震の身の上」8です。

瞽女口説地震の身の上 8data


「瞽女口説地震の身の上」8

瞽女口説地震の身の上8
(米が)黒いは大損などと
味噌は三年たたねば食わぬ
在郷村にも髪結風呂屋
煮売小店の床前見れば
笛や三味線太鼓を飾り
紋日物日のその時々は
若い者共寄り集まりて
踊り稽古や地芝居などと
使いちらして出所に困り
一つ袷に縄をばかけて
ついに終いは他国へ走る
名子や水呑奉公人も
羽織からかさ足袋塗下駄よ
下女や子供も盆正月は
いっち悪いが縮緬帯で
銀のかんざしべっこうの櫛よ

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「瞽女口説地震の身の上」解説

三条地震と「瞽女口説地震の身の上」
文政11年(1828年)11月12日朝8時ころ、信濃川流域の長岡・三条・燕付近に、マグニチュード6.9の直下型地震が発生しました。震源は栄町芹山付近とされ、被害は信濃川に沿う長さ25キロに及ぶ楕円型の地域で、三条・燕・見附・今町・与板などはほとんど全壊しました。死者1,500人余、全半壊21,000軒余、火災で焼失した家1,200軒余という大きな地震でした。
三条の被害が最も激甚であったことから「三条地震」と呼ばれ、江戸では地震を速報したかわら版が発行されました。この瞽女口説は、この大地震の災害にかんがみて、社会、世相の頽廃ぶりを揶揄、批判したもので、加茂矢立(やたて)新田の里正・斎藤真幸が地震の翌年に書きつづり、瞽女口説として刊行しました。これが諸方に伝わり、手書きして歌い、口ずさむ者もありました。


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