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長岡市民劇場と瞽女唄

ネットワーク前史kiroku


竹下玲子と小林ハルとの共演

長岡市民劇場と瞽女唄

 竹下玲子の大規模な新潟県下の瞽女唄ツアーの実現は、長岡市民劇場なしにはできなかった。
 今まで人と人とのなつながりの中で細々と行われていた瞽女唄普及活動が新潟県下で華々しく開花したのは、長岡市民劇場の全面的なバックアップがあったため、と言い切れる。そこに目を付けた脚本家・若林一郎の炯眼もあるが、当初、長岡市民劇場にもそれなりの思惑があり、両者の志向が偶然にも一致したのである。
 ここに、若林一郎―高橋実―鈴木紘一の人物のつながりが成立するのである。
 その辺の事情は後日に譲るとして、今回は「長岡市民劇場」とりわけ、当時の委員長・鈴木紘一について簡単に触れてみたい。
 1959年に呱々の声を上げ、長い長い低迷期(劇団への支払いが入場者から調達できず、チケット売りをしながら、主催者側が各々身銭を切って会を何とか維持していた時期)を自らイヤというほど経験し、努力の末に会の形態もチケット売りから会員制に改編し、ようやく悲願の2ステージ(同じ演目を昼・夜、あるいは二日間かけて2回上演する形態の事)移行を85年に達成し、会員数1400名を2000名へ伸ばそうと会としても様々な試みをしていた上げ潮の時期をようやく迎えた当時の委員長、故鈴木紘一(99年10月若くして癌で逝去)は、こう語った。市民運動はダイヤモンドと同じだ。演劇なら演劇のみで貫くのではなく、関連した様々な断面を豊富にもたなければならない。その断面(カット)が多ければ多いほど、その本体の輝きは増すと。
 自身も会の広報部長を自称し、新聞・雑誌等からの依頼には積極的に応じ、文化批評などを通じて会の広報につとめ、長岡「Penac」や「互尊文芸」(地方文芸誌)への投稿、1枚文学の会(原稿用紙一枚ジャストで短編小説やエッセイなどを書く「遊び」?、などにも顔を出し、また、「福田豊土と朗読を楽しむ会」や「朗読を楽しむ会」など面白そうな企画のフィクサーとなるなど、かつての長岡市の名伯楽の異名をとる名物文化人・羽賀善三氏に見込まれた、様々な文化活動の陰の立役者でもあった。
 この、いわば文化的な意識の高い会員を有する大きな組織を背景に持つ人物と若林一郎との出会いが、瞽女唄普及の第三期を形作るのである。そして、そこには両者の仲介役として高橋実がいた。
 長岡市民劇場を一言でいえば、日々の暮らしの中で芝居を観たい、という市民が集まって運営している会員制の演劇鑑賞会である。1959年第一回公演「島」(民藝)に始まり、2012年12月10日第301回「バカのカベ(フランス風)」(加藤健一事務所)長岡リリックホールにて上演を最後に同年12月31日をもって散会する。事務局は、「文化生活センター」(長岡市台町2丁目:今は無い)から移転し、解散まで高木時計ビル3F(城内町2丁目6-21)の一室にあった。瞽女唄ネットワークもこの事務局を牙城の如く利用させていただいた。

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瞽女唄ネットワーク事務局

〒940-2145
新潟県長岡市青葉台2丁目
14-10 鈴木宏政方
電話 0258-46-8054